こんにちはベトナム〔第3回〕

北里研究所  馬場建一

早いもので、日本国とベトナム国の麻疹(はしか)ワクチン製造技術移転事業も、今年で3年目、来年で終了となります。私は今年がベトナムに行くのは最後の年になりました。

今年、私の目的は、検定業務の成果を出すことです。予定された技術移転はほぼ計画どおり遅滞することもなく終了しており、ベトナムのスタッフは今年に予定されている種ウイルスからの製造から、製品化に向けて準備を進めている。日本人専門家(北里研究所)からスタッフへの指導は着実に行われ、ベトナムのスタッフが習得した技術レベルはかなりのハイレベルである。こうした背景にはベトナム国と北里研究所との長年にわたる人間関係を通じて築かれたもので、現在のプロジェクトのベースとなっている。

しかし麻疹(measles Virus)は主要先進工業国ではすでに制圧され、輸入感染症として対策がとられている。ベトナム国は、平均寿命は67.8才で、妊婦死亡率は10万人中95人、5歳未満児死亡率は1000人中42人と非常に高い。ワクチン接種は行っているが、輸入ワクチンは高価なので、あまり出来ないのが実態でした。そこで自国で生産して一般国民に供給するための事業が、このプロジェクトでした。私としてもとても名誉な仕事であります。今年ベトナムに行くに当たって、三農魂で誠意をもってやり遂げる積りです。

前回も述べたように仕事をするためには、ベトナムのことを知ることが肝要と考え、いろんなことを学びました。まずコーヒーから。ベトナムではどこへ行ってもお茶を飲む店があります。私は一人でお店に行くのが快感です。はじめての店に入ると、なにも言葉もなく、ただジロジロと見られます。それが二、三回となると、笑顔で迎えてくれるようになりました。昔、初めてアメリカ人を見た時と同じような気がしてなりません。店によっては、いきなりベトナム語で話かけられ、日本語で返すと「エッ!ベトナム人でないの?」
と驚いていました。ベトナムでは人々は日常的にお茶を飲むようです。いくら飲んでも日本円で15円位。コーヒーは非常に高く百円から八百円もする。普通の店では百円のものしかない。私がベトナム語を使うとみんな寄ってきて一斉に笑う。これでこの店との人間関係ができたというもの。

次はカラオケ。日本人向けの店で、お酒とアオザイを着た娘がいます。片言の日本語と英語です。店によって千円から三千五百円位の店で、他の店には予算的に行けませんでした。最初はやはりジロジロ見られ無言でした。私は日本のチョコをボスにプレゼントしたが、次回からは別格の客になり、とても楽しくカラオケをしました。親しくなったのは経営者のお母さんでした。もちろん旦那さん付きです。

買い物はもっぱら国営デパートです。お金を換算しながら買い物し、休みの日はお惣菜売り場でベトナムの弁当を自分でトッピングして買い、ホテルで日本の醤油を使用して食べます。売り場の女性と会話しながらショッピングするのですが、変な日本人と思われているらしい。トッピングの都度みんな必ず集まって見ていて笑っている。きっと何かが違うだろう。

ビアホールに行ったとき、ドイツ系のホールでベトナム人が多いのにはびっくりしました。見ていると外国人はビールを、地元の人はウオッカを飲んでいて、よく全員起立して一気飲みしながら楽しくやっていました。

お寺を見学したとき、入り口で10人ほどが手に線香を持って襲うように迫ってきました。スタッフが大声で「カメラとバッグをしっかり持ってください」と叫ぶのでした。後で聞いたのですがよく掠め取られるそうです。次に来たのは地元の写真屋さんで、どこの国も同じか。一つ違うのは断っても断っても我々の後を車に乗るまでついてくる。まるでストーカーみたい。

ベトナムにはバイク・タクシーというものがある。私は乗る機会はなかったが、ある日本人がバイク・タクシーの運転手から片言の日本語で「お茶をご馳走するから、日本の話を聞かせてくれ」といい、しばらくしたら「次の店でもっとおいしいお茶を飲みながら、聞かせてくれ」さらに移動、もちろんお金はただ。その日本人は、なんと親切な運ちゃんだろうと思い運ちゃんに付き合う。夕闇が迫る頃、今度は「おいしいウナギの店に案内しよう」とフルコースのウナギ料理。それは何と蛇料理のフルコースだったそうだが、お会計は2万円を請求され目を白黒。この日本人というのは我々が呼んだ技術屋さんで、帰国直前に打ち明けてくれましたが、スタッフ一同笑みを浮かべながら同情するのであった。甘い言葉には裏がありますぞ!ご用心。(昭和43年度畜産科卒業、現在北里研究所品質部門第3課長)

2007年07月01日 | カテゴリー: 会報


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